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[2016 NBAファイナル コラム]キャブズの日本人アスレティックトレーナー 中山佑介インタビュー「小さな達成感の積み重ね」(宮地陽子)

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NBAファイナル第4戦が終わり、ゴールデンステイト・ウォリアーズが3勝1敗とシリーズの主導権を取っていたとき、クリーブランド・キャバリアーズのアシスタント・アスレティックトレーナー兼パフォーマンスサイエンティストの中山佑介からテキストメッセージが届いた。そこにはこう書かれていた。

「僕らも今からサンフランシスコに向かうところです。長距離移動はキツいですが、頑張りましょう! あともう2往復あるので!」。

あと2往復、つまりシリーズが7戦まで行くというのが、コーチや選手、スタッフを含めて、キャブズのチーム全員のメンタリティだった。王手をかけられ、チームの外ではほとんど誰も、優勝どころかシリーズが第7戦まで行くとすら思ってもいなかったときに、最後まで自分たちの力を信じていた。

その言葉通りにシリーズが第7戦までもつれ、その第7戦にも勝って優勝を決めたあと、歓喜で沸くロッカールームで中山に話を聞いた。


──優勝、おめでとうございます。まず、優勝しての感想を聞かせていただけますか。

試合中は、試合の経過を気にする余裕がなくて。でも、結果、自分の仕事に集中するように自分に言い聞かせて。選手の調子にいつも気を使って……。まだ実感がわからないですね。現実味がまったくないというか。

まぁでも、僕、フルタイム3年目でこの経験をさせてもらったわけですけれど、チームの中では20年、25年コーチやって、去年が最初のファイナルだった人もいますし、もちろんレブロンにとってはクリーブランドに戻ってきて初めてのチャンピオンシップだし、クリーブランドの街の人たちにとっては半世紀以上待ったプロスポーツの優勝なので、その気持ちは、外国人の僕にはわからないだろうなっていうのがまぁ正直な気持ちです。

僕の中で一番大きいのが、毎日、僕のボスが、インジュアリーレポートをオーナーやGMに送るんですけれど、きのう、ゲーム7に向けて"no injury to report"(報告すべき故障はなし)っていうレポートを送ることができた。それが僕にとって一番大きい。試合が始まってしまえば僕らにできることは限られているんですけれど、ゲーム7に向かうにあたって──もちろん、去年みたいに防げない怪我もあるので、ラッキーだった部分もあるんですけれど──怪我のない状態でゲーム7に臨むことができてこの結果が出たっていうのが、僕にとっては一番の喜びで、達成感を感じています。

──1年前のファイナルでは、不運の故障とはいえ、選手が揃わずに苦しんで力を出し切れずに負けただけに、余計に嬉しいのではないですか?

そうですね。ただ、今年は向こうが逆に怪我に苦しんでいた部分もあるので、そこはスポーツの仕方がないところでもあるんですけれど……。ノーインジュアリーでゲーム7に行けたこと、怪我なくゲーム7に行けたことは、もちろん僕を含めたパフォーマンスチームが少し誇っていいところかなって。

──個人的に、今シーズンで一番大変だったことは何ですか?

遠征が続いて、ホームゲームでも家に帰ってくるのは夜中なので、特に子供の体調がよくないときはつらいです。一度、空港に夜中の2時ぐらいに着いたら、奥さんからテキストメッセージで、子供の熱が出たから救急病院に行ったと連絡があって、病院に行ったら顔を真っ赤にした長男がベッドにいて、奥さんは腕に寝ている次男を抱えていたことがあって。そのときが一番つらかったです。大変なのは奥さんだけれど、そういう負担をかけてサポートしてもらっているというのが、いつも気にかかっています。

子供たちも、『きょうゲームデー? ホテルデー?』(試合後に家に帰ってくるのか、遠征に行ってしまうのか)って聞くんです。自分にかかる仕事の負担はこなせるし、時差や睡眠時間が少ないことはいいんですけれど、それに合わせなくてはいけない家族への負担が一番つらいです。これだけの負担をかけても支えてくれている妻と2人の子供たちには、心から感謝しています。

──一番達成感があったことは?

ファイナルまで続いた昨シーズンで蓄積した疲労やダメージに加え、夏の間の代表活動の影響で、シーズンインの時点でシーズン中盤か後半かのような状態だった選手がいたのですが、彼を欠場させることなくコンディションを上げていくことが僕に与えられた一つの課題でした。自分の知識と技術を総動員してトリートメントにあたり、練習と試合中のワークロードを測定して客観的・システマティックに負荷の管理をして、求められた結果を出すことができたことには、満足していますし、達成感を感じました。

また、今シーズン、比較的大規模なトリートメントの機具を2つ、チームで購入したのですが、そのアイデアが出たときに、コストの面もあり意見は半々だったのですが、僕はリサーチ担当として文献を読み込んで、リサーチ面からして価値ありという判断を下し、それが購入に決め手の一つになりました。結果として、その機具は、特にプレイオフに入ってからの選手たちのリカバリールーティーンの一つとして頻繁に活用され、選手たちからも良いフィードバックを得ました。こうやって自分の研究面の強みをチームに還元できたときは、達成感を感じます。

それから、ひとつひとつは小さいことですけれど、1試合、1回の練習ごとに怪我なく練習や試合を終えること、その積み重ねが大きな達成感になっています。毎日の練習やシュートアラウンドでも、怪我なく終わらせる。自分が防げた怪我が起きないことは、いつも自分の仕事だと思っているので。目立たないですけれど、その小さな達成感の積み重ねです。

──シーズンの途中でヘッドコーチが交代して、親しみを感じていた前任のデイビッド・ブラット・ヘッドコーチがいなくなったことで複雑な思いもあったのではないかと思いますが、タロン・ルーがHCになって、チームの何が一番変わったと思いますか?

僕は戦術のこととかはまったく話せないんですけれど、選手との距離感が違うかなという印象は受けましたね。元NBA選手っていうことで、そういう部分でも選手との距離が近かったということはあるのかもしれないですね。

──彼はルーキー・ヘッドコーチだったわけですけれど……。

でも、そういったことは全然感じさせないし、タイムアウトのときも堂々とプレイを指示していました。うちのハイプロファイルな選手(スーパースター)たちが不満を見せたときでも引っ込まない。こっちが驚くような言葉で言い返すこともありました。その場では衝突するけれど、そうすることでリスペクトを得た、あるいはリスペクトを失わなかったのではないかと思います。自分も選手だったからこそ、そこで自分が引いたら選手が離れると思ったのか、単に腹が立ったのかはわかりませんが、そういった衝突があっても選手が離れていかなかったのはさすがでした。

──シーズン途中にはコーチが代わるなど、決してすべてが順調ではなかった中で、最後に優勝できた理由は何だと思いますか?

そうですね。おそらく、プレイオフが始まってからレブロンがもうひとつギアをあげて、それにまわりがついてこられたっていうのが一番大きいかなと思います。去年は彼がひとつギアをあげて、孤軍奮闘していましたけれど、今年はそれにまわりがいっしょに呼応して勢いをつけてきた部分があるので。

第7戦に向かう飛行機の雰囲気がすごくよかったのが印象的でした。チャーター機の中に選手たちが座るエリアがあって、そこに選手のメインテナンスに行ったときに、選手たちだけでフィルムを真剣に見ていたんです。狭い席なので、みんな座って見ることはできないので、立っている選手もいて。あそこまで集中して、選手だけでフィルムを見てディスカションをしている。そこらへんが去年までのレブロンの孤軍奮闘とは違うと感じました。去年がそうでなかったとは言わないけれど、4時間、5時間ある飛行機の閉ざされた空間で、あの雰囲気が作れたことで行けるんじゃないかという気持ちになりました。

──レブロンってまわりからはいろいろと言われるけれど、中で見ているとどういう人ですか?

僕が見ている部分って、ものすごく限られたところなので。彼は練習に来るとビジネスとして、ミッションを達成するために来ているので……。正直わからないです。仕事をしに来ている部分を僕は見ているので。なので、彼の、どういう人かっていうのは、正直つかめないです。

──チームの中では求心力がある?

それは間違いないです。自分ひとりでチーム全体の空気を変えることができる、唯一の存在だと思います。

──一人でやりすぎてしまうと批判されることがあるけれど……。

それはリーダーの宿命だと思いますね。結果が出ればいいことなので。

──ご家族は今回の遠征には来なかったのですか?

来なかったです。でも、僕の同僚の家でいっしょにゲームを見ていたので。でも、空港に戻ったらきっと迎えてくれると思うので、楽しみにしています。

──どうもありがとうございました。あらためて、優勝おめでとうございます。

文・写真:宮地陽子  Twitter: @yokomiyaji

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